「影」(CIEN)英語タイトル:SHADOW
1956年 ポーランド 94分
監督 イエジー・カヴアレロヴィッチ
脚本 アレクサンドル・シチボル・リルスキ
撮影 イエジー・リップマン
音楽 アンジェイ・マルコフスキー
出演 イグナチー・マホフスキー(ビスクピック)
ズイグムント・ケントスウィッチ(医師クニシン)
アドルフ・フロニツキー(高官カルボウスキ)
タデウシュ・ユラシュ(炭鉱労働者ミクーラ)
エミール・カレヴィッチ(兵士ヤシチカ)
イエジー・カヴァレロヴィッチ
1922年ポーランドGwazdziec現ウクライナ領生まれ。アルメニア系。2007年死去。クラコフで美術と映画を学んだ後、1951年監督デビュー。1955年から映画ユニットkador(カドル)を運営。1960年「夜行列車」「尼僧アンナ」を発表。カトリックが大半のポーランドで公然と無神論者を名乗ったため国内の評価は低く。逆に国外で高い評価を受ける。政治的社会的色彩の強いなか社会主義リアリズムの枠内で心理主義的な描写にこだわり、国内の他の監督とは異なる作風が特徴と言える巨匠。
炭鉱労働者のミクーラ |
物語は、対独戦中(1943年)戦後混乱期(1946年)現在(映画作成時の1950年代)の三つの時代に起こったれぞれの事件がひとつの線に結びつく政治的推理ストーリー。
すこしポーランドの置かれたその時代背景を理解したほうが良いかも知れません。ナチスドイツに電撃占領されたポーランドはその後ソビエトにも国土の半分を占領されます。
当時の政府はロンドンを拠点に亡命政府を樹立し、指揮下の国内軍に抵抗運動を継続させます。それとは別に多くの党派の配下の抵抗組織が運動を始めます。労働党(共産党)指揮下の人民軍がこの映画の中心です。左翼陣営は他にも、社会党左派やその他諸派とゆるやかな連携を組んでいたようです。反対に自衛団に入ってドイツ側に協力す人もいましたし、多くのドイツ系の住民もいて複雑な状況下であったようです。
同時代を描いたワイダ監督の抵抗三部作の「世代」がこの作品と同じ人民軍の地下組織の若者の物語です。「地下水道」は国内軍のワルシャワ蜂起の終焉を描き。「灰とダイヤモンド」では終戦後の混乱期の旧国内軍の残党のテロ?を描いた内容です。同じく同監督の「鷲の指輪」は国内軍と人民軍の戦後の主導権争いの抗争を描いた作品でそれらの作品を観ることによって本作品も内容が一層興味深く見ることができると思います。
あらすじ
1950年代のある田舎の町。男女のカップルが仲良くしながら、車を走らせていると脇を並走して走っている列車の最後尾から男が飛び降りる。急いで二人は男の下に駆けつけるが飛び降りた衝撃で男の顔面は激しく砕けていた。近くに民家があったので、もしかするとその家に関係する人物かと考え、家の老婆に聞いてみるが、無関係であった。
警官に状況を説明する二人。しかし死んだ男は上着を身に着けておらず身分証もないので何者かもわからない。
立ち会った医師のクーニンは戦時中のある事件を思い出していた。
クーニンは戦時中左派のある地下組織に属し、ビスピックという男の経営する修理屋をアジトに活動をしていた。ある日クーニンの隊は資金獲得のためにドイツ協力者の店を襲撃した。その時別の集団が店内に現れ、互いに驚き、激しい銃撃戦になった。クーニンは無事だったが、大半が死傷し、先方のリーダーは脚に銃弾を浴びながら逃走した。
その後、左派の党派の合同会議に出席したクーニンはその時の逃走したリーダーと出会い実はあの隊は仲間の組織だった知ることになる。襲撃の時間を知らせたのはビスピックであった。
鉄道事故の付近で無賃乗車の男が捕まった。男は事情を話さないでいる。そこに公安省高官のカルボウスキが立会い、戦後の混乱期の出来事を思い出していた。(チビ)という名前の武装組織(旧国内軍のような装備)を追ってヤシチカという兵士と敵の本拠地に潜入することができた。しばらくすると、実はヤシチカは敵のスパイであることがわかった。危機一髪の中でカルボウスキは隠し持っていた手榴弾を爆発させ、脚を吹き飛ばされながらも奇跡的に一命を取り留める。ヤシチカは党の有力者のビスピックの推薦で採用された兵士だったのだ。
男は自白した。彼は炭鉱労働者のミクーラ。彼はある有力者の頼みで、炭鉱に男たちを招き入れた。しかしその男たちは坑内で放火をし、多くの労働者が犠牲になった。ミクーラは話の仲介をした男に事情を求めるが逆に襲われる羽目に陥る。
結局容疑者扱いされた彼は身の証を立てるためにその有力者を探し、とうとう列車内でその男を見つけた。そして、男は列車から転落する。
その男こそがビスピックだった。こうして、三つの時代の事件の影がひとつになった。
内容はかなり重いものですが、極限状況におかれた人物の心理描写には感心させられるものがあります。三つの謎(影)がひとつになる展開は今改めて観ても興味をそそります。個人的には、国内軍の残党に対する描き方が、悪の権化のような扱いですが、時代背景や、カヴァレロヴィッチ監督の立場を考えると致し方ないのでしょう。
その政治的スタンスが後に、自主管理労組”連帯”に対する対応がワイダ監督と決定的に違うものになったのかも知れません。しかし、映画に対する姿勢は同時代のなかでも異彩を放つ素晴らしい監督です。心理描写の視点で考えた時、同監督の「夜行列車」もその実力を発揮した名作です。
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