野上弥生子の初期を代表する短編小説。1922年(大正11年)春陽堂から出版。その後1929年(昭和4年)岩波文庫から出版。1917年(大正6年)に実際に起きた高吉丸の海難事件をモデルにした物語。極限状況におかれた人間のすさまじくも哀しい姿を冷徹なタッチで描いた作品。後日物語に記されているように、野上の生家(大分県臼杵市の小手川酒造)に近い下ノ江の漁村から出航した60㌧のスクーナー船が漂流の間に起こした恐ろしい出来事を実弟の小手川金次郎から伝えられたメモにもとづいてわずかに虚構化した野上自身唯一のモデル小説。小手川金次郎は高吉丸の船長である(亀五郎こと)渡辺登久蔵が生家に出入りしていた船頭のひとりだったので事の詳細を聞いていたようです。
事件から52年後、野上は高吉丸を救助した慶津丸の当時の船員から電話を受け、後日対面し、当時の状況を改めて聞くことになります。その内容は1968年(昭和43年)6月号の「文学界」に掲載されたようで、この文庫にも転載されています。
私は先に映画を観てから原作を読んだのですが、とても興味深い内容でした。原作は僅か66ページの内容を映画では117分に描いています。新藤作品には以前から興味があり、一番好きな「裸の島」の次に撮った作品がこの野上弥生子原作の映画「人間」です。経営が厳しい独立プロダクションにあって近代映画社もまた例外ではなく、低予算で撮った「裸の島」がモスクワ映画祭のグランプリを受賞し、世界各国での配給権のお陰で経営的にも一息ついたと自身のDVDでの解説で語っていました。その後も少数精鋭主義の撮影スタイルは変わりませんが…
国内現役最高齢の映画監督として、脚本家としても優れた作品を発表し続けている新藤監督はこの「人間」でも自身が脚本を手がけています。また出演者も新藤作品の常連である俳優で占められています。脇役で名バイプレーヤーとして多くの映画作品に出演している殿山泰司の数少ない主演映画です。
1962年 製作:近代映画協会 配給:ATG 上映時間117分
監督/脚本 新藤兼人
原作 「海神丸」野上弥生子
撮影 黒田清己
音楽 林光
出演 殿山泰司(亀五郎)
佐藤慶(八蔵)
乙羽信子(五郎助)
山本圭(三吉)
観世栄夫(金毘羅さん)
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