原題:THE BOOK OF TEA 1906 Kakuzo Okakuraを1906年フォックス・ダーフィルド社出版(アメリカ ニューヨーク)から出版。その後、フランス語訳、ドイツ語訳が出版される。これは The Ideals of the East-with special reference to the art of japan 1903邦題:「東洋の思想(東邦の理想)」 ジョンマレー書店(イギリスロンドン)から出版。 The Awakening of Japan 1904 邦題:「日本の目覚め」ジョン・マレー書店(イギリス ロンドン)及センチュリー会社(アメリカ ニューヨーク)より出版に続く英語著作の第3弾。日本語訳が出たのは1929年(昭和4年)の当岩波文庫版が初めて。本名の覚三より天心(心臓の手術の痕が天の字に見えたそうです)の方が馴染み深いですね。天心は貿易商の父の許で横浜に育ったこともあり、幼い頃より英語に慣れ親しんだそうです。
当文庫の解説を書かれている福原麟太郎(英文学者)氏の解説文が簡潔明瞭ですのでそのまま引用させて頂きます。
茶の湯によって精神を修養し、交際の礼法をきわめるのが茶道である。その理想は、禅でいうところの「自生了解」の悟りの境に至ることである。この本は、そうした「茶」を西洋人に理解させるために著者が英文で書いたもので、単なる茶道の概説書ではなく、日本に関する独自の文明論ともいうべき名著。
第1章 人情の碗
第2章 茶の諸流
第3章 道教と禅道
第4章 茶室
第5章 芸術鑑賞
第6章 花
第7章 茶の宗匠
僅か67ページの本文ですが、内容は深いものがあります。がしかし、各章にはそれぞれ要約というか、ポイントなるべきフレーズが幾つも記されています。例えば。第4章の茶室では ━茶室は茅屋に過ぎない ━茶室の簡素純潔 ━茶室の構造における象徴主義 ━茶室の装飾法 ━外界のわずらわしさを遠ざかった聖堂 といった具合に。
まあ私たちも、実際は、紅茶やコーヒー(それ以外も多々あるので…)を飲むときにでも、お茶にしようかと言いますよね?今の若者はどうなのでしょうか?私が会社員時代には、同僚や部下には外勤営業の途中でカフェに入る場合でも「茶でもどう?」が合言葉でしたが…
旅先で知り合ったイギリス人はやはり紅茶党で一日何度も大きなマグカップで飲むと言っていました。まあ、コーヒーも飲まないわけではないようでしたが。実際、ロンドンのB&Bにも室内にはティーパッグの紅茶がわんさかと用意されていましたの思い出しました。お茶は単なる嗜好品の飲み物というよりは、やはりその国々の文化や伝統を引きずっている習慣のような行為なのかも知れません。
私は正式な茶会の経験はなく、体験講座に何度か参加したことがありますが、正座が苦痛な人間で正式には作法を習い損ないましたが、今更ながら後悔しています。
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